前回のブログで、私の元夫との出会いから結婚初期の話をしました。

いわゆるハネムーン期(夫婦互いに気分が盛り上がっている時期)は終わり、現実の日常生活に慣れてくると私にはアメリカ永住のストレスが出始めました。

まず言葉の問題。

私は英語には自信はあったものの、やはりネイティブスピーカーの中に飛び込んで話をするにはまだまだ抵抗がありました。

会話は聞き取れても、その背景となる知識が無いため何の話をしてるのかが分からなかったり、理解できても自分の意見が無いため返す言葉が無く自分の居場所が無いのが居心地悪くなってきました。

 

みんながよく話題にしていたのは、大学時代の話とかキャンプやハイキングサイト情報、勤め先のこと、不動産ネタ、お金の運用こと、などで、はっきり言って「日本ではこうだよ~」くらいは言えても、へぇ!という反応はくれても彼らは日本のことを知りたいわけじゃなくて、自分たちが直接影響を受ける情報を知りたいわけで私の話なんてさらりと流されて終わっちゃうのです。

 

友人たちとの集まる機会が増えるほど、私は夫の横にただ立ってるだけとかニコニコ笑ってうなずくくらいしかできず。

自分が周りと同等じゃない、まるで子供になったような気分でした。

 

そんな日の夜は毎回ベッドに入るたびに涙が込み上げて夫にばれないようにシクシク泣いていました。

 

私の中で、夫に負担をかけたくないという気持ちと日本に住んでいたら自分はバリバリ働いてお友達も多くて堂々と生活していたのに~という悔しい気持ちで苦しい時期でした。

 

側にいるのは夫のみ。

悩む気持ちをうまく伝えられない、というか細かい事まで英語で話す気力も無く、

日本の家族や友達にも会えない寂しさでホームシックになりそれがだんだん酷くなるばかり。

 

夫にとってもこの時は手探りの時期だったでしょう。

ただ側にいてくれればいいよという時期は過ぎて周りの友達の奥さんたちは旦那さん達と同等に話をして仕事もしてるのに自分の妻は出来ない人・・・みたいな。

 

そんな夫のちょっとした不満の気持ちも感じるようになり、益々辛くなると同時にあなたのために私は日本の生活を捨ててアメリカに移住してきたのよ!

という気持ちも出てきていました。

夫にしちゃあ「それはズルい、自分の選択でこっちに来たんだろう!」となり、話し合いは平行線状態。

 

そうして私はアメリカに移住して3年目にストレスが頂点に達するのでした。

夫と真剣に話し合い、仕事を辞めて一時的に日本へ私だけが帰国し今後の人生についてじっくり

考えてくるということになり。

 

ところが日本に戻って生活を送っていると夫との結婚生活が恋しくなり、また夫と離れることで

彼の良いところを改めて気づくことになり、

アメリカ生活のこと結婚生活のことは切り離して考えよう。

まずはこの結婚生活を続けられるかどうかが重要だと考えました。

 

今日本に戻ってきたところで夫以上の人に出会えるとは限らない。

現実から逃げる先に良い将来があるだろうか。

やはり、夫のもとに戻ってもう一度だけ頑張ってみよう、それで駄目だったらその時に別れて帰ってこよう、と決心できました。

 

そうして初めて本当の覚悟を持ってアメリカ移住をしました。

その過程を経ないとそこまで覚悟ができなかったのです。。。

 

アメリカに戻ってから割と直ぐに日系企業での事務職が見つかったのですが、良い同僚にも恵まれ、生活がまた軌道に乗り始めました。

 

そこから気づけば数年経ったころにはアメリカ人との会話も仕事も抵抗なくなり、自然と地元民たちが普段話題にすることの知識も増え社交的にも徐々に慣れてきました。

 

とまぁここまで来たらもう安心。一件落着!

と言いたいところですが、結婚生活、人生、そんな単純じゃあないんですよね。(苦笑)

 

夫婦の関係は年月が経つ中で色んな形に変化します。

それはどんな人間関係でもそうですね。

血のつながった親子だってそうでしょう。

良い時もあればそうじゃない時もある。

その「良くない時」にこそ、国際結婚ならではの問題顕著に出るのです!